奏法記号 Italian

Una corda

/ ˈuːna ˈkɔrda /

ウナ・コルダ

u.c. 略記

「1本の弦」の意。ピアノの左ペダル(ソフトペダル)を踏む指示。 ハンマーが横にずれて弦への接触が減り、 音量のみならず音色そのものが変化する。 解除は tre corde

物理的なメカニズム

グランドピアノの左ペダルはアクション全体を右にずらす。 中高音域では通常3本の弦が1音を担うが、 una cordaを踏むとハンマーが2本にしか当たらなくなる。 理論上は「1本」だが、現代のスタインウェイなど多くの機種では 実際には2本(due corde)になる。 それでも「una corda」という名称は習慣的に使われ続けている。

音量だけではない変化

ペダルを踏むとハンマーのフェルトが普段と異なる部分で弦に当たる。 通常演奏では当たる部分のフェルトは少し固く、 ずれた面はより柔らかい。そのため音量が落ちるだけでなく、 音の立ち上がりが丸くなり、輝きが抑えられた暗めの音色になる。 単なる「弱音化」ではなく、音のキャラクター自体が変わる点が重要だ。

アップライト・ピアノでの機構

グランドピアノの「横ずれ」方式とは全く異なる機構で動作する。アップライトでは左ペダルを踏むとアクション全体が弦側(前方)へ移動し、ハンマーと弦の間の距離が縮まる。弦を横にずらすのではなく、ハンマーの助走距離を短縮することで打力を制限する。

そのため効果は「音量の低下」が主であり、グランドのような「フェルトのずれによる音色変化」は生じない。アップライトで una corda が「音色ではなく音量の指示」として機能するのはこの機構の違いによる。演奏者はグランドとアップライトでの左ペダルの性質の違いを意識する必要がある。

音域による弦数の差異

ピアノの弦は音域によって本数が異なり、una corda の効果も音域ごとに変わる:

中高音域(treble):3本 → ペダルで2本(due corde)
中低音域(bichord):2本 → ペダルで1本(真の una corda)
最低音域(bass):1本 → 横ずれの度合いにより「かすりのみ」または「変化なし」

皮肉なことに「1本の弦」が文字通り実現するのは中低音域のみであり、最も演奏頻度が高い中高音域では常に2本が鳴り続ける。

ペダルの段階的指定

una cordaとtre cordeをきわめて細かく指示した楽譜が残っている。 Op.101(第28番)やOp.106「ハンマークラヴィーア」では una cordaからtre cordeへの段階的な移行がそのまま楽譜に書かれており、 中間状態のdue corde(2本)まで明示されることがある。 「poco a poco due, poi tre corde」(少しずつ2本に、次いで3本に)という 連続的な変化の指示は、ペダルを音色の表現手段として 意識的に扱っていたことを示している。

フォルテピアノと現代ピアノ

当時のフォルテピアノはハンマーが小さく、 現代のピアノよりずれ幅が大きかったため、 una cordaの効果がより明確に出た。 現代のコンサートグランドでは構造上「真の1本」にはならないが、 だからといって指示を無視してよいわけではない。 「音色が変わる」という本質的な効果を引き出す手段として、 現代ピアノの左ペダルをuna cordaと読み替えて使う。

Beethoven

ピアノソナタ第28番 Op.101

第4楽章 — una corda指定と段階的解除の書き込みが詳細

Beethoven

ピアノソナタ「ハンマークラヴィーア」Op.106

una corda → due corde → tre cordeの移行を明示した典型例

Beethoven

ピアノソナタ第32番 Op.111

第2楽章アリエッタ — una cordaが宇宙的な静寂を作り出す

Chopin

夜想曲 第20番 遺作 嬰ハ短調

una cordaの指示が効果的に使われる哀愁の作品

Ravel

Miroirs — 「悲しき鳥」

pianissimo場面でのuna cordaが音色変化の鍵を握る

Schubert

ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D.960

第1楽章 — una cordaが霞がかった夢幻的な響きを作る