Patetico
パテーティコ
定義
感動的に、哀愁をもって、感情に訴えるように。現代日本語で「パセティック」が持つ否定的ニュアンス(みじめな・情けない)と異なり、音楽指示としての patetico は深い感情の訴え——聴衆の心を揺さぶる力を持って演奏することを求める。感傷的(sentimentale)より崇高で、悲壮感を帯びた感情の高まりだ。
日本語「パセティック」との誤解
英語 pathetic が「みじめな・嘆かわしい」という現代的な意味を持つのに対し、音楽用語の patetico はギリシャ語本来の pathos(感情・情念・苦しみ)に由来する——感情に満ちた、感情を呼び起こす、という意味だ。「悲愴」ソナタの原題 Pathétique も同語源で、「みじめ」ではなく「感動的・崇高な悲しみ」を意味する。
語源
ギリシャ語 pathos(感情・苦しみ・情念)→ ラテン語 patheticus → イタリア語 patetico。修辞学の概念「パトス」——論理(ロゴス)・性格(エトス)と並ぶ説得の三要素のひとつで、聴衆の感情に直接訴える力——と同じ語根を持つ。音楽における patetico はこの修辞的な「感情への訴求」を体現する指示だ。
演奏上の意味
感情を隠さず、フレーズに感動の重みを持たせる。espressivo(表情豊かに)より感情の振り幅が大きく、malinconico(憂鬱)より外向きに——聴衆に向けて発信する性格が強い。ダイナミクスの幅を広く使い、クライマックスに向かう感情の高まりを大切にする。「この音楽はあなたの心に触れなければならない」という切迫感をもって演奏する。
代表的な使用例
ピアノソナタ第8番 Pathétique(仏語表記)は patetico の理想的な例だ。第1楽章の Grave 導入部——重く悲壮な感情の宣言——と、その後の Allegro の激しい対比が「pathos」の本質を体現する。交響曲第6番 Pathétique も同じ語で、感情の深淵への誠実な降下を求める。